”近代科学・天文学の父 ”イタリアの物理学者 ガリレオ・ガリレイ 1564年-1642年
•科学者ガリレオ・ガリレイが低倍率の望遠鏡(自作の「くっ折望遠鏡」)で月のクレータ
ー(凸凹)を発見できたのは、彼が水彩画を描くことで陰影により奥行きや立体を表現し
ていく観察眼を身につけていたからなのです。
• 芸術的な素養としての美意識を磨いている人は、サイエンスの領域でも
高い知的パフォーマンスを上げている。
『月の水彩画』 ガリレオ・ガリレイ
「それでも地球は動いている。」地動説(コペルニクスの主張する説を確信した)
•1609年 11月30日、月を観測し月が天体であることを理解する。
•1616年、52歳のガリレオは宗教裁判にかけられ、地動説を唱えないよう注意を受ける。
•1630年、ガリレオは地動説の解説書「天文対話」を執筆。
•これにより1633年の2回目の宗教裁判で終身刑を言い渡され、軟禁状態での生活を送る
ことになる。
「本当のことは隠す研究家」
17世紀、地動説を公言し有罪が告げられた天文学者ガリレオ・ガリレイは
裁判で異端誓絶文を読み上げた後に 「それでも地球は動く」 と小さくつぶやいた。
15世紀、大研究家レオナルド・ダ・ヴィンチは
研究ノートの隅に 「太陽は動かない」 と鏡字文字で小さく書き残している。
レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿より
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