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執筆者の写真聖二 文田

ダ・ヴィンチのデッサン

更新日:4 日前


レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿


 15世紀末のイタリア、ルネサンスの華やかな時代。芸術と科学の融合を体現した天才、レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿は、時を超えて私たちに語りかけてくる。その手稿の一枚一枚には、世界を理解しようとする飽くなき探求心が刻まれている。


『トリノ王宮図書館が所蔵するレオナルドの自画像』1513年 1515年頃


『レオナルド・ダ・ヴィンチ 手稿』より


『レオナルド・ダ・ヴィンチ 手稿』より


『レオナルド・ダ・ヴィンチ 手稿』より

 


  絵(デッサン)を描くときにも「よくみる」ことが基本ですが、これは「必要な情報を見極め、的確に捉える。物事を理解する」ということ。何かを理解するときに五感を使って知覚することは重要な役割をはたしている。

  普段、目にしている物事を絵に描くつもりで観てみるといろんなことに気づきだす。 絵は、思い込みや見たつもり、知っているつもりでは描けない。

 物事は「見る」のではなく「観る」ことが重要で、 書物と様に「読みとく」「理解」する感覚が大切。

『レオナルド・ダ・ヴィンチ 手稿』より

 

 鏡文字で綴られた文字の間を縫うように、精緻な観察眼で捉えられた自然や人体のスケッチが踊る。それは単なる絵ではない。レオナルドの頭脳を通して紡ぎだされた、世界の真理への扉なのだ。


『ウィトルウィウス的人体図』 1485年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ アカデミア美術館


『子宮内の胎児が描かれた手稿』 1510年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ


『美術解剖学』 レオナルド・ダ・ヴィンチ


 楽しむことは、本質にたどり着く。本質を意識したり、気づいたりするだけで、脳が喜び生き返る。皆と同じものを日常で見て、同じような環境の中で、 他の人が気づかなかったことが気になり、 気になってしょうがなくなり探求が始まる、それが発見。

 

『レオナルド・ダ・ヴィンチ 手稿』より


『レオナルド・ダ・ヴィンチ 手稿』より


 解剖学的な正確さと芸術的な美しさが融合した人体図や、渦巻く水流の動きを捉えた水力学の研究。これらは全て、レオナルドの鋭い観察眼と深い洞察力の賜物だ。

 レオナルドは言った。「最も高貴な喜びとは、理解する喜びである」と。


 彼の手稿は、この言葉の体現そのものだ。私たちは今、500年の時を超えて、レオナルドの喜びを追体験することができる。その眼差しで世界を見つめ直すとき、日常の中に隠れた驚異と美を発見できるだろう。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿は、芸術と科学の境界を超えた、人類の知的探求の証だ。それは今なお、私たちに創造性と好奇心の大切さを教えてくれる。

 この貴重な遺産を通じて、私たちもまた、世界の神秘に目を開き、理解する喜びを味わうことができるのだ。




デッサンとは


 『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ』のデッサンを見てみよう。聖母マリアの優しい表情、幼子イエスの無邪気な仕草、それを見守る聖アンナの慈愛に満ちた眼差し。一枚の素描の中に、人間の本質的な感情が見事に表現されている。これこそがレオナルドの「デッサン力」なのだ。

  彼にとって、デッサンとは単に対象を写し取ることではなかった。それは世界を理解し、その本質を捉え、そして伝える力だった。


『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ』 1499年 - 1500年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ



 「デッサン」は、モチーフを単に写し取るだけの表面的な描写の作業ではない。「デザイン」という言葉の語源と同じラテン語のdesignare(デシネーレ)。 

 計画を記号に示す、図案、設計図、意匠の本質を捉える意味がある。


 本質を見抜くための必要最低限の基本技能(絵画技法だけではなく)は、 エッジ・スペース・相互関係・光と影・形態(ゲシュタルト)の5つ。 だから絵を描くことは世の中の物事を読み解く能力を磨くことに繋がっていく。


『布のデッサン』 レオナルド・ダ・ヴィンチ 


 絵で必要な画力と観察眼とは表面的な描写力だけではなく観ているものの構造や光と影など周りからどのような影響が及ぼされているのかを読み解き、理解する力とその本質を的確な構図や技法で効果的に伝達する力である。この対応力は絵を描くことにとどまらず、様々な仕事にも必要とされる。


『跪く女性の衣装の習作』 レオナルド・ダ・ヴィンチ 


 絵は五感を使って描く。対象をただ写し描くことが写実ではない。光の入り方、その時間帯、季節感など対象物を取り巻く(多角的)世界をどれだけ広く感じさせることができているかが重要。その視野の広さで伝わるリアリティが違ってくる。


『ほつれ髪の女性』 1508年頃 レオナルド・ダ・ヴィンチ



  上達させるには描く枚数も大切ですが、やはり何を意識して描くかで随分と成長の仕方に違いがでてくる。絵は思い込みを外し、よく観て理解するだけで描ける。

 描けないと思い込んでいるのは的確な情報を捉えていないだけで 才能やセンスがないわけでも下手なわけでもない。絵を描くことへの苦手意識、思い込みを外すだけで一気に上達してしまう。


『女性の習作』 レオナルド・ダ・ヴィンチ


 絵を描くことは過酷な修行ではない。楽しみ(感覚的知性)を磨くこと。 基礎から順番に長い時間をかけて学んでいくのではなく、自分の目的に合わせて必要なアプリを集めていく感覚でアートのファンダメンタル(基本要素)を組み合わせていくとよい。分かりやすく、普通に見えることほど凄い。複雑で分かりにくく感じるものは「芯・軸・骨格・システム・本質」を見抜いて、シンプルに捉えればいい。


 絵を描くことも仕上がった達成感というよりは、「もっと良くしたい、もっと描きたい」といった過程で成長が加速し続ける。だから新作を描き続けるクリエイターは高齢でも元気な人が多い。


『幸せを感じるのは成長が加速する時、止まれば消える』

                 フランスの経済学者ダニエル・コーエン氏の言葉



デッサンの効用


 デッサンで必要な観察眼とは表面的な描写力だけではなく、観ているものの構造や光など周りからどのような影響が及ぼされているのかを読み解き、理解する力である。このリサーチ力、伝達力は絵を描くことにとどまらず、様々な仕事にも必要とされる。


『レオナルドがチェーザレ・ボルジアの命令で制作した非常に精密なイーモラの地図』


   画力とは決して「写実力・描写力」の範囲に止まるものではなく、むしろ「リサーチ力・構築力・伝達力」といえる。 この能力は、デザイン・アート系の特殊な職業だけではなく、 日常生活や一般的なすべての仕事にも必要で大切なスキルといえる。

 画家、マンガ家、小説家、料理人や冒険家などあらゆるジャンルにおいて、アマチュアとプロと呼ばれる人の違いは技巧より、よく観る力、取材能力にその差がでるのかもしれない。


 絵を描くことは、絵のプロになるためだけに必要なことではない。絵の描き方を習うということは、じつはものの観方、多角的な考え方、伝え方を学ぶということであり、それはたんに目で見るよりもずっと多くのことを意味している。

 よく観て繰り返し絵を描くことで本当のことに気づいていく。


 西洋文化がなだれ込んだ明治時代の間違った認識と和訳のまま教育されていることが多々ある。絵画で、エチュード【 étude】が「習作」と訳されていることで練習することのように認識されているが、本来は「研究し探る」こと。 ダ・ヴィンチのエチュードへのこだわりを観るとその違いが分かる。


『女性の手の習作』 レオナルド・ダ・ヴィンチ


『子どもの研究』レオナルド・ダ・ヴィンチ アカデミア美術館素描版画室


 考え事は絵を描きながらがいい。アイデアを絵に描くと想いが具体的になっていくから、心が折れにくくなる。サムネイルやアイデアスケッチは漠然とした「夢」を具現化するというより、内なる欲求を吐き出す作業といえる。目的やアイデアが視覚化されると積極的に行動できる。


『壁画のためのエスキース』 レオナルド・ダ・ヴィンチ



 絵を描くと頭がクリアーになる。頭の中のイメージを実際に紙面に描き、視覚で確認していった方がイメージを具体化できる。発想も具体的に展開していきやすくなるので理想の現実に近付けていくことができる。


『アンギアーリの戦い』 レオナルド・ダ・ヴィンチ


   絵を描くことは、脳を活性化させるための手先の運動と考えた方がいい。体を動かした方が喋りやすかったり、考えがまとまったりする。絵を描くことで手先と脳とが連動して活発に機能していき、新鮮な発想が浮かぶ脳のストレッチになる。

 

 絵を描くこともそうだが、続けているとそれまでとは違った物事が見えるようになってくる。最初は目の前にある問題だけしか見えなかったのが情報の領域が広がっていき、その物事に影響を及ぼしている周囲の状況が見えてきて、本質を理解していく。



 大抵、思い込みに惑わされている。自分の思い込みは気がつきにくい。絵を描けなくても知っていた、見ていたつもりでいた日常の見慣れたものを絵を描くようによく観て見直すと

実は知らないことだらけだったことに気がついていく。絵に描くと自分の思い込みと実際の違いがよく観えてくる。

 ものやもの事を思い込みや観念でとらえている人と本質でとらえる訓練をしている人とでは描く線に違いがでる。線一本描くにしても集中力とイメージが大切。 クロッキー力は、書道や華道、茶道,料理、スポーツ、音楽など様々なことに繋がっていく。


   デッサン力があるということは、絵の上手い下手の違いではなく情報を収集する力や伝達する能力、ものごとの構造を見極められることや構想している計画や企画を具体的に展開していく能力。 

 頭の中のイメージ(ビジョン)を絵に描き出す感覚を磨くことが、日常生活や一般的な仕事で見直されてきている。




ダ・ヴィンチはデッサンを描いて(観察して)発見した。


 レオナルド・ダ・ヴィンチは、デッサンを通じて多くの重要な発見をしました。彼のデッサンは単なる芸術作品ではなく、世界を理解し探求するための手段でした。以下に、ダ・ヴィンチがデッサンを通じて行った主な発見をまとめます。

解剖学的発見

 ダ・ヴィンチは、20年にわたって30体近い死体を解剖し、750枚近い解剖学的素描を残しました。これらのデッサンを通じて、以下のような重要な発見をしました:

  • 脊椎の正確な構造

  • 肝硬変や動脈硬化の症状

  • 人体の筋肉や骨格の詳細な構造

彼の人体構造の素描は、正確性と詳細さにおいて当時世界最高水準でした。

動物と人間の解剖学的差異

 ダ・ヴィンチは当初、ガレノスの医学書を参考にしていましたが、実際に人体を解剖することで、ガレノスが動物の解剖に基づいて人体を推測していた誤りに気づきました。この発見は、人間の解剖学に対する理解を大きく前進させました。

芸術表現の向上

 ダ・ヴィンチは解剖学的知識を芸術に応用し、より正確で生き生きとした人体表現を実現しました。例えば、20歳の頃に手伝った「キリストの洗礼」の作品には、すでに解剖学に基づいた表現が見られます。

『キリストの洗礼』ヴェロッキオ

『キリストの洗礼(部分:左の天使)』レオナルド・ダ・ヴィンチ


工学的発明

 デッサンを通じて、ダ・ヴィンチは多くの発明のアイデアを生み出しました。これらの発明は地理、建築、軍事など多岐にわたります。

地図作成技術の進歩

 ダ・ヴィンチは正確な縮尺の地図を作成し、「地図の父」の1人と呼ばれるほどの貢献をしました。


 これらの発見は、ダ・ヴィンチの鋭い観察眼と深い洞察力、そして芸術と科学を融合させる独特の能力によるものです。彼のデッサンは単なるスケッチではなく、世界を理解し、その本質を捉えるための強力なツールだったのです。





ダ・ヴィンチはデッサンで科学者としての知識を深めた


 レオナルド・ダ・ヴィンチは、デッサンを通じて科学者としての知識を以下のように深めていきました。


  1. 観察と視覚化

     レオナルドは、デッサンを通じて鋭い観察眼を養いました。彼は事象を理解するために、詳細な記述と視覚化を繰り返し行いました。この過程で、自然界の複雑な現象や人体の構造について深い理解を得ていきました。

  2. 経験主義的アプローチ

     彼は「知恵は経験の娘である」という哲学を持ち、観察と実験に基づく経験主義の方法論を重視しました。デッサンは、この経験主義的アプローチを実践する重要なツールでした。

  3. 解剖学の探求

     レオナルドは、人体解剖を行い、その観察結果を詳細なデッサンとして記録しました。これにより、人体の内部構造に関する深い知識を獲得しました。

  4. 多分野への応用

     絵画技術を磨く過程で、レオナルドは遠近法の原理を学び、それに伴って数学の知識も深めていきました。このように、デッサンを通じて得た知識を様々な分野に応用していきました。

  5. 自然現象の理解

     鳥の飛び方などの自然現象をデッサンで記録し研究することで、力学や運動についての理解を深めました。

  6. 発明のアイデア創出

     デッサンを通じて得た知識と観察力を基に、パラシュートやヘリコプターのような革新的な発明のアイデアを生み出しました。

    『レオナルド・ダ・ヴィンチ 手稿』より


 レオナルドのデッサンは単なるスケッチではなく、世界を理解し探求するための強力なツールでした。彼は、デッサンを通じて観察し、分析し、そして新たな知識を生み出していったのです。この方法論は、後の科学革命や現代の科学哲学にも大きな影響を与えることとなりました。


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